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~~・-y(・ω´・○)ヨッ!毎度!?ww


今回の舞台は、大分県中津市本耶馬渓町。
題名にある、競秀峰と青の洞門。
青の洞門は知っていても、競秀峰は知らないという人は多いと思います。

それはそうと、昨夜このブログを更新しようと管理画面にインして
記事を書き、画像をアップしようとすると・・・

なんと、サーバーメンテナンス中の文字が ガ━━(;゚Д゚)━━ン!!

メンテナンス時間を確認すると、朝の7時まで・・・
てな訳で、1日遅れの更新なんですw

折角なんで、昨夜書いてた文面は破棄(笑)
また新たに書き起こしています。

だからって、うまい文章が書ける保証はありませんけど (○`艸´)・゚・。・゚・。ブッ

さて、本題に戻りましょうw

競秀峰は、成層凝灰岩の岩峰群が1.5キロにわたって連なる峰で
各岩峰が競いあうようにそびえることから、競秀峰と名付けられたそうです。

その競秀峰の裾野に掘られた洞門が、青の洞門なのです。

紅葉時の競秀峰は美しく、観光客で賑わうのですが
一般的に、青の洞門に紅葉を見に行ったとは言っても
競秀峰の紅葉を見に行ったとは言わないのですw

たぶん、そう言うのは山登りが趣味な人だと思うのです。

もちろん、のらも前者なのです(○`艸´)・゚・。・゚・。ブッ

そんな競秀峰の登り口は3箇所あるのですが、そのうちの一つが
青の洞門の駐車場にあるのです。




青の洞門1




青の洞門には、何度も来ているのですが
競秀峰の登山口には全く気が付きませんでした(^。^;)

今回、車を停めた目の前に登山口があったので
ロコにご飯を食べさせてる間に、ちょっとだけ登ってみようとw

実際、そんなに甘いモノではありませんでしたけど(笑)

石段を登って行くと、妙見窟350メートルと書いてありました。
350メートルならと、登りだすと・・・




青の洞門2




これがまた、結構険しいのですw
途中、青の洞門が作られるきっかけになった鎖場への道があるのですが
鎖場の壁面崩落のため通行止め。
そこまでの道も荒れるに任せ、道らしきものもありませんでしたw




青の洞門3




登山道の要所要所には、仏像が置かれています。
大分らしい光景です。




青の洞門4




引き返すことが嫌いなのらは、半分意地になって妙見窟へたどり着きました(笑)
もう、汗だくです・・・

途中、陣の岩へ500メートルと書いてある分岐がありましたが、
350メートルでへばりかけていたので、スルーw

後で調べると、そっちへ行くと別の鎖場があって
なかなか気合の入った、楽しそうな道でしたw




青の洞門5




妙見窟には、祠が2つと、仏像数体が安置されていました。
最初の目的地である、妙見窟に来たのだから
引き返したいところでしたが、登って来た石段は
かなり急な石段だったので、引き返す気になりませんw

たぶん、この道は青の洞門が出来る前のルートなんだろうと勝手に思って、
先へ進めば洞門の反対側へ行くと決めつけ進みました(笑)

途中、鬼面岩と書いてある分岐があったので鬼面岩へ。
しかし、そこは鎖もなくとても狭い両側断崖の岩場・・・
途中で写真も撮ったのですが、ビビりまくっていて使い物にならず(笑)

しかも、途中で挫折しましたw




青の洞門6




へたれたのらは、素直に展望台への道を進みましたw




青の洞門7




途中、道がよくわからなくなって、適当に歩いていたら出てきた場所。
どうも、展望台ではないようですw




青の洞門8




そして、なんとか展望台へ到着w
ここからだと、一番の難所であった鎖場や、車を停めた駐車場がよく見えます。




青の洞門9




分かりにくいので、鎖場をアップでw
昔は牛馬も通っていたというので、足場はもうちょっと広かったんでしょう・・・
今は、人間だけでもヤバいくらいに足場は崩壊しています。

数年前までは、通ることができていたらしいです。




青の洞門10




駐車場からの登山道とは比べ物にならないくらい
緩やかな道を下っていきます。




青の洞門11




出てきた場所は、やはり洞門の反対側でしたw
やっと下りてきたのらは、上から下まで汗でびっしょり・・・
ついでに、カメラものらも蜘蛛の巣まみれでした(○`艸´)・゚・。・゚・。ブッ

ロコが待っているので、青の洞門を抜けて車へと戻ります。




青の洞門12




駐車場付近から見上げた鎖場。
上から見たほうが、高く感じますね。

この競秀峰ですが、明治27年にこの一帯が売りに出されたのです。
その時に、中津出身の福沢諭吉が、訳の分からぬ人間にこの場所を買われたら
今後この景観が破壊されるかもしれないと、私財を投げ打って購入したのだそうです。

景観保護のために買い取るって、今で言うナショナルトラストみたいです。
ナショナルトラストの先駆けですね。

更に1万円札が愛おしくなりましたよ(○`艸´)・゚・。・゚・。ブッ




青の洞門13




このままでは、のらの登山日記になってしまうのでw

青の洞門は、昔は樋田の刳り抜きと呼ばれていたそうです。
青の洞門という名が定着し始めたのは
大正12年の尋常小学校の国語の教科書で青の洞門と書かれていたりしたこと。

決定的なのは、昭和17年に大分県の史跡指定で青の洞門と登録されたことみたいです。




青の洞門14




こんな大きなトンネルを手掘り?
な訳無いですねw

青の洞門は、明治39年から40年にかけて日出生台演習場に車両が移動できるよう
大改修されて大部分が破壊されているのです。
このトンネルはバスだって通れます。




青の洞門15




現在残っている、禅海和尚の手掘り跡。
右に見える明るい部分は、明かり取りのために開けられた穴です。




青の洞門16




明かり窓から、山国川を眺めるロコ。

青の洞門は、諸国巡礼の旅の途中に耶馬溪に立ち寄った禅海和尚が
鎖場の難所を通行人が避けて通れるよう、1735年より30年あまりかけて掘った
全長342メートル、トンネル部分144メートルの洞門なのです。




青の洞門17




1735年と言うと、江戸時代です。
将軍は徳川吉宗だと思います・・・w

1750年には、第一期工事が完了します。
第一期工事の費用は、禅海和尚が托鉢で集めています。

その後の費用は、通行人から
人4文、牛馬8文の通行料を取って工事に充てています。




青の洞門18




後ろ姿が、妙にかわいいロコたん♡




青の洞門19




禅海和尚が掘った時はどうだったのか分りませんが
今のトンネルは、3箇所です。

あ、私達は、中津側・・・
のらが競秀峰巡りで下山した方面から歩いてます(;´∀`)




青の洞門20




観光客が見れる、禅海和尚の手掘り跡は2箇所なんですが
駐車場の近くの手掘り跡は、2年前?の九州北部豪雨で被害を受け
現在は見ることが出来ません。

それ以外の部分は・・・
探せばあるものですね(笑)
荒れてはいるのですが、切り開いた跡を見つけました。




青の洞門21




両側が切り通しのようになっていて、その先の岩を掘った跡がありました。
岩の先は崩れていて進めませんでしたけど。

ここが一番、当時のままっぽかったな。




青の洞門22




現在、復旧作業中です。
完全復旧には、もうちょっとかかるみたいです・・・

今回、競秀峰を半分楽しんだので
次は全部楽しみたいと思います。

もちろん、もっと涼しくなってからですけどねw




青の洞門23




大分からの帰り道、筑後平野から見た夕暮れです。
ちなみに、翌日は台風の予報でした(○`艸´)・゚・。・゚・。ブッ









ロコ2こんな僕ですがよろしくなのです。
皆さんにポチット応援して欲しいのですロコの手

ロコに清き一票を!なのです♪   僕は今日何位・・・?










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青の洞門には、何度も来ているのですが
競秀峰の登山口には全く気が付きませんでした(^。^;)

今回、車を停めた目の前に登山口があったので
ロコにご飯を食べさせてる間に、ちょっとだけ登ってみようとw

実際、そんなに甘いモノではありませんでしたけど(笑)

石段を登って行くと、妙見窟350メートルと書いてありました。
350メートルならと、登りだすと・・・




青の洞門2




これがまた、結構険しいのですw
途中、青の洞門が作られるきっかけになった鎖場への道があるのですが
鎖場の壁面崩落のため通行止め。
そこまでの道も荒れるに任せ、道らしきものもありませんでしたw




青の洞門3




登山道の要所要所には、仏像が置かれています。
大分らしい光景です。




青の洞門4




引き返すことが嫌いなのらは、半分意地になって妙見窟へたどり着きました(笑)
もう、汗だくです・・・

途中、陣の岩へ500メートルと書いてある分岐がありましたが、
350メートルでへばりかけていたので、スルーw

後で調べると、そっちへ行くと別の鎖場があって
なかなか気合の入った、楽しそうな道でしたw




青の洞門5




妙見窟には、祠が2つと、仏像数体が安置されていました。
最初の目的地である、妙見窟に来たのだから
引き返したいところでしたが、登って来た石段は
かなり急な石段だったので、引き返す気になりませんw

たぶん、この道は青の洞門が出来る前のルートなんだろうと勝手に思って、
先へ進めば洞門の反対側へ行くと決めつけ進みました(笑)

途中、鬼面岩と書いてある分岐があったので鬼面岩へ。
しかし、そこは鎖もなくとても狭い両側断崖の岩場・・・
途中で写真も撮ったのですが、ビビりまくっていて使い物にならず(笑)

しかも、途中で挫折しましたw




青の洞門6




へたれたのらは、素直に展望台への道を進みましたw




青の洞門7




途中、道がよくわからなくなって、適当に歩いていたら出てきた場所。
どうも、展望台ではないようですw




青の洞門8




そして、なんとか展望台へ到着w
ここからだと、一番の難所であった鎖場や、車を停めた駐車場がよく見えます。




青の洞門9




分かりにくいので、鎖場をアップでw
昔は牛馬も通っていたというので、足場はもうちょっと広かったんでしょう・・・
今は、人間だけでもヤバいくらいに足場は崩壊しています。

数年前までは、通ることができていたらしいです。




青の洞門10




駐車場からの登山道とは比べ物にならないくらい
緩やかな道を下っていきます。




青の洞門11




出てきた場所は、やはり洞門の反対側でしたw
やっと下りてきたのらは、上から下まで汗でびっしょり・・・
ついでに、カメラものらも蜘蛛の巣まみれでした(○`艸´)・゚・。・゚・。ブッ

ロコが待っているので、青の洞門を抜けて車へと戻ります。




青の洞門12




駐車場付近から見上げた鎖場。
上から見たほうが、高く感じますね。

この競秀峰ですが、明治27年にこの一帯が売りに出されたのです。
その時に、中津出身の福沢諭吉が、訳の分からぬ人間にこの場所を買われたら
今後この景観が破壊されるかもしれないと、私財を投げ打って購入したのだそうです。

景観保護のために買い取るって、今で言うナショナルトラストみたいです。
ナショナルトラストの先駆けですね。

更に1万円札が愛おしくなりましたよ(○`艸´)・゚・。・゚・。ブッ




青の洞門13




このままでは、のらの登山日記になってしまうのでw

青の洞門は、昔は樋田の刳り抜きと呼ばれていたそうです。
青の洞門という名が定着し始めたのは
大正12年の尋常小学校の国語の教科書で青の洞門と書かれていたりしたこと。

決定的なのは、昭和17年に大分県の史跡指定で青の洞門と登録されたことみたいです。




青の洞門14




こんな大きなトンネルを手掘り?
な訳無いですねw

青の洞門は、明治39年から40年にかけて日出生台演習場に車両が移動できるよう
大改修されて大部分が破壊されているのです。
このトンネルはバスだって通れます。




青の洞門15




現在残っている、禅海和尚の手掘り跡。
右に見える明るい部分は、明かり取りのために開けられた穴です。




青の洞門16




明かり窓から、山国川を眺めるロコ。

青の洞門は、諸国巡礼の旅の途中に耶馬溪に立ち寄った禅海和尚が
鎖場の難所を通行人が避けて通れるよう、1735年より30年あまりかけて掘った
全長342メートル、トンネル部分144メートルの洞門なのです。




青の洞門17




1735年と言うと、江戸時代です。
将軍は徳川吉宗だと思います・・・w

1750年には、第一期工事が完了します。
第一期工事の費用は、禅海和尚が托鉢で集めています。

その後の費用は、通行人から
人4文、牛馬8文の通行料を取って工事に充てています。




青の洞門18




後ろ姿が、妙にかわいいロコたん♡




青の洞門19




禅海和尚が掘った時はどうだったのか分りませんが
今のトンネルは、3箇所です。

あ、私達は、中津側・・・
のらが競秀峰巡りで下山した方面から歩いてます(;´∀`)




青の洞門20




観光客が見れる、禅海和尚の手掘り跡は2箇所なんですが
駐車場の近くの手掘り跡は、2年前?の九州北部豪雨で被害を受け
現在は見ることが出来ません。

それ以外の部分は・・・
探せばあるものですね(笑)
荒れてはいるのですが、切り開いた跡を見つけました。




青の洞門21




両側が切り通しのようになっていて、その先の岩を掘った跡がありました。
岩の先は崩れていて進めませんでしたけど。

ここが一番、当時のままっぽかったな。




青の洞門22




現在、復旧作業中です。
完全復旧には、もうちょっとかかるみたいです・・・

今回、競秀峰を半分楽しんだので
次は全部楽しみたいと思います。

もちろん、もっと涼しくなってからですけどねw




青の洞門23




大分からの帰り道、筑後平野から見た夕暮れです。
ちなみに、翌日は台風の予報でした(○`艸´)・゚・。・゚・。ブッ









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【2014/07/18】 | 大分県 トラックバック(1) |


エム
そう、そーなのロコ! 
朝7時までメンテナンス中…。ずこー。凹むわ!
ならばそれまで寝るか…ちうて寝坊よ!!
まるで夕暮れ、絵はがきみたいよ!!!

エムしゃん
のら
いや~、あのメンテ。
まじで凹んだ(笑)
出だしの文章考えて書いてさぁ
画像アップしようとすると、メンテだもんw

夕暮れキレイやろ?
翌日、台風が来るって言ってたのにこの夕暮れだしw
まぁ、台風関係無かったけどクス(・m・*)クス


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そう、そーなのロコ! 
朝7時までメンテナンス中…。ずこー。凹むわ!
ならばそれまで寝るか…ちうて寝坊よ!!
まるで夕暮れ、絵はがきみたいよ!!!
2014/07/18(Fri) 23:55 | URL  | エム #-[ 編集]
エムしゃん
いや~、あのメンテ。
まじで凹んだ(笑)
出だしの文章考えて書いてさぁ
画像アップしようとすると、メンテだもんw

夕暮れキレイやろ?
翌日、台風が来るって言ってたのにこの夕暮れだしw
まぁ、台風関係無かったけどクス(・m・*)クス
2014/07/22(Tue) 01:47 | URL  | のら #-[ 編集]
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2014/07/18(Fri) 09:04:15 |  ケノーベル エージェント
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