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まいど(´・ω・`)

いつも応援ありがとうございます。

うきは市吉井町から雨の中向かったのは、
同じ福岡県の田川郡添田町落合。




二又トンネル爆発事故1




ここは、彦山駅。
JR九州のローカル線、日田彦山線の駅の一つです。




二又トンネル爆発事故2




彦山駅を出た列車は、深倉トンネル、釈迦岳トンネルを抜け
筑前岩屋駅、大行司駅、宝珠山駅などを経て日田へと入ります。

しかし、戦前は添田町方面から来た列車は、この彦山駅で折り返していたのです。

彦山駅を出て、二又トンネル、吉木トンネル(現在の深倉トンネル)は完成していたのですが
釈迦岳トンネルが工事の途中だったからなんです。

お気づきでしょうか?
現在は深倉トンネル、釈迦岳トンネルを抜けて筑前岩屋駅に至るのです・・・。

でも、戦前は二又トンネル、吉木トンネル(現在の深倉トンネル)があって、釈迦岳トンネルなのです。
現在では存在しない二又トンネルは、彦山駅から500メートルほどの距離にありました。

その二又トンネルは戦後処理の最中、事故により山ごと吹き飛んでしまったのです・・・

事故は戦後すぐ、1945年11月12日に起きています。
事故の詳しい内容は、Wikipediaで・・・




二又トンネル爆発事故3




これは、Wikipediaから拝借した事故直後の二又トンネルの姿です。
二又トンネルのあった山の名前は丸山。

戦時中、小倉の弾薬庫が空襲により焼けたため、この使われていない
二又トンネルと吉木トンネルに弾薬が移されました。

そのまま終戦となり、アメリカの進駐軍により弾薬の処理が行われたのです。
その方法は、焼却処分するというものでした。

まず最初に吉木トンネルの弾薬の処理が行われます。
実際に火をつけてみて問題がなかったので、二又トンネルも同様に・・・

ところが、二又トンネルは火を付けて1時間ちょっと過ぎた頃にはトンネル出口から
火炎放射器のように火を吹き出し、トンネルから100メートルも離れた住宅にまで燃え移ります。

住民たちが消火活動をする中、17時20分に二又トンネル爆発事故が発生します。
トンネル内の火薬が爆発し、付近にいた人達は吹き飛ばされます。

そして、吹き飛んだ山の土砂や岩、倒壊物の落下により多くの人々が死傷したのです。




二又トンネル爆発事故4




現在の二又トンネルがあった場所です。

二又トンネル爆発事故の時の爆発音は、ここから50~60キロ離れた
福岡市や別府市まで聞こえたのだそうです。

でも、周辺の住民には聞こえなかったとか・・・
一説によると、あまりにも大きすぎる音は聞こえないんだとか(´・ω・`)




二又トンネル爆発事故5




現在では、このように何事もなかったかのような佇まい。
二又トンネル爆発事故は、終戦直後のGHQ主導の下の事故のため
報道規制が敷かれ、地方紙が報じただけで知る人は少ないのだそうです。

私が二又トンネル爆発事故を知ったのも、つい最近のこと。
きっかけは、大行司駅の記事を書くために色々と調べている時でした。

以来、二又トンネル爆発事故が気になっていました。
でも、このブログの記事としてはどうかなぁ?って。

でも、書いちゃいましたねw

吉木トンネルが問題なくて、二又トンネルが爆発した理由。
それは、トンネル内に入れられていた弾薬の量の違いでした。
吉木トンネルは格納率が20~25%であったのに対し
二又トンネルは格納率が70~75%・・・。
そこまで入ってればねぇ(´・ω・`)

彦山駅の休憩所には、生存者の証言などの展示がされていました。
ほんのちょっとだけですけどね。

戦後最大の爆発事故、二又トンネル爆発事故は
その大きさ故に、知る人の少ない事故となったのです・・・
















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二又トンネル爆発事故2




彦山駅を出た列車は、深倉トンネル、釈迦岳トンネルを抜け
筑前岩屋駅、大行司駅、宝珠山駅などを経て日田へと入ります。

しかし、戦前は添田町方面から来た列車は、この彦山駅で折り返していたのです。

彦山駅を出て、二又トンネル、吉木トンネル(現在の深倉トンネル)は完成していたのですが
釈迦岳トンネルが工事の途中だったからなんです。

お気づきでしょうか?
現在は深倉トンネル、釈迦岳トンネルを抜けて筑前岩屋駅に至るのです・・・。

でも、戦前は二又トンネル、吉木トンネル(現在の深倉トンネル)があって、釈迦岳トンネルなのです。
現在では存在しない二又トンネルは、彦山駅から500メートルほどの距離にありました。

その二又トンネルは戦後処理の最中、事故により山ごと吹き飛んでしまったのです・・・

事故は戦後すぐ、1945年11月12日に起きています。
事故の詳しい内容は、Wikipediaで・・・




二又トンネル爆発事故3




これは、Wikipediaから拝借した事故直後の二又トンネルの姿です。
二又トンネルのあった山の名前は丸山。

戦時中、小倉の弾薬庫が空襲により焼けたため、この使われていない
二又トンネルと吉木トンネルに弾薬が移されました。

そのまま終戦となり、アメリカの進駐軍により弾薬の処理が行われたのです。
その方法は、焼却処分するというものでした。

まず最初に吉木トンネルの弾薬の処理が行われます。
実際に火をつけてみて問題がなかったので、二又トンネルも同様に・・・

ところが、二又トンネルは火を付けて1時間ちょっと過ぎた頃にはトンネル出口から
火炎放射器のように火を吹き出し、トンネルから100メートルも離れた住宅にまで燃え移ります。

住民たちが消火活動をする中、17時20分に二又トンネル爆発事故が発生します。
トンネル内の火薬が爆発し、付近にいた人達は吹き飛ばされます。

そして、吹き飛んだ山の土砂や岩、倒壊物の落下により多くの人々が死傷したのです。




二又トンネル爆発事故4




現在の二又トンネルがあった場所です。

二又トンネル爆発事故の時の爆発音は、ここから50~60キロ離れた
福岡市や別府市まで聞こえたのだそうです。

でも、周辺の住民には聞こえなかったとか・・・
一説によると、あまりにも大きすぎる音は聞こえないんだとか(´・ω・`)




二又トンネル爆発事故5




現在では、このように何事もなかったかのような佇まい。
二又トンネル爆発事故は、終戦直後のGHQ主導の下の事故のため
報道規制が敷かれ、地方紙が報じただけで知る人は少ないのだそうです。

私が二又トンネル爆発事故を知ったのも、つい最近のこと。
きっかけは、大行司駅の記事を書くために色々と調べている時でした。

以来、二又トンネル爆発事故が気になっていました。
でも、このブログの記事としてはどうかなぁ?って。

でも、書いちゃいましたねw

吉木トンネルが問題なくて、二又トンネルが爆発した理由。
それは、トンネル内に入れられていた弾薬の量の違いでした。
吉木トンネルは格納率が20~25%であったのに対し
二又トンネルは格納率が70~75%・・・。
そこまで入ってればねぇ(´・ω・`)

彦山駅の休憩所には、生存者の証言などの展示がされていました。
ほんのちょっとだけですけどね。

戦後最大の爆発事故、二又トンネル爆発事故は
その大きさ故に、知る人の少ない事故となったのです・・・
















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【2014/09/09】 | 福岡県 トラックバック(0) |


さくら
こんにちは のらさん

そんな大きくて悲しい事故があったんですね
今では当たり前と思って走っている道路や橋、トンネル
作るまでには大変な苦労や事故があったりと
各地に赴くとそんな展示を目にすることがあります。
今では少ない事故ですけど 技術が発達していない昔は
大変なことだったんでしょうね



さくらさん
のら
山が吹き飛ぶほどの爆発事故でありながら
同じ福岡県内に住んでいても知らなかったのです・・・

戦後すぐで、物資もない時ですから
それは大変だったと思います。

爆発事故ではないですけれど、この前にある釈迦岳トンネルは
戦前から工事に着工して、戦後になってやっと完成したトンネルです。
4キロほどあるトンネルなのですが、かなり工事の最中に事故があってたみたいです。

苦労して作ったトンネル、路線ですが
今では1時間に1本しか列車が来ないローカル線・・・

複雑な思いになりますね。


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この記事へのコメント
こんにちは のらさん

そんな大きくて悲しい事故があったんですね
今では当たり前と思って走っている道路や橋、トンネル
作るまでには大変な苦労や事故があったりと
各地に赴くとそんな展示を目にすることがあります。
今では少ない事故ですけど 技術が発達していない昔は
大変なことだったんでしょうね

2014/09/12(Fri) 10:03 | URL  | さくら #pt5Oxk1Q[ 編集]
さくらさん
山が吹き飛ぶほどの爆発事故でありながら
同じ福岡県内に住んでいても知らなかったのです・・・

戦後すぐで、物資もない時ですから
それは大変だったと思います。

爆発事故ではないですけれど、この前にある釈迦岳トンネルは
戦前から工事に着工して、戦後になってやっと完成したトンネルです。
4キロほどあるトンネルなのですが、かなり工事の最中に事故があってたみたいです。

苦労して作ったトンネル、路線ですが
今では1時間に1本しか列車が来ないローカル線・・・

複雑な思いになりますね。
2014/09/12(Fri) 12:47 | URL  | のら #-[ 編集]
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